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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)4258号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕一、第一家屋が原告の所有であること、原告は昭和一四年二月五日以降被告西村の夫訴外西村寛に本件家屋を賃貸したものであるが、右訴外人の死亡により、被告西村が相続により爾後賃借人としての地位を承継し、その賃料は昭和三九年九月以降月額金一、二〇〇円の約であること、原告は被告西村に対し、昭和三九年五月七日附内容証明郵便をもつて、無断転貸を理由に、第一家屋の賃貸借契約を解除する旨通知し、右書面は翌八日被告西村に到達したことは当事者間に争いがない。

二、ところで被告西村、同浜田は被告浜田において第一家屋につき独立の占有を有するものではなく、事実上同居するに過ぎない旨主張し被告西村の転貸の事実を争うので、まずこの点について判断する。

<証拠略>によると、被告西村は昭和一六年ころその夫訴外西村寛に死別した後、第一家屋に次女弘子と同居し、御獄教の宗教教師としてその布教に従事し、これによつて得る収入を唯一の生計の資として生活を維持して来たものであること。昭和三二年初めころそれまで別居していた長女愛が精神病にかかり、被告西村の許に帰来し同居するようになつて、程なく次女弘子は右長女愛との仲が折合わないため第一家屋から退去し、他にアパートを借り受け独立して生活することとなり、爾後被告西村と長女愛とが右家屋に居住して生活していたこと、ところが、被告西村は布教師として常日ころ信者の家をまわつて布教活動に当り、信者の多くが名古屋に居住するところから、用務上名古屋に相当期間継続して滞在することを余儀なくされ、その間精神病の長女愛を単身留守居させる結果となるため、その不在中における家財家事の管理と長女愛の監護の必要上、昭和三二年四月ころ、被告西村の甥にあたる被告浜田家族を本件家屋に入居させることとなつたこと、従つて被告西村と被告浜田との間には賃料その他家屋使用の対価の授受はなく、被告浜田は家屋の特定部分を使用して居住するものではなく、被告西村と同居して生活するに至つたものであるがその生活については、別個独立に世帯を有し家族の生計を維持していること、その後被告西村は名古屋に居住する信者が増加するに伴い、名古屋に滞在する期間が長くなり、その期間は被告浜田の入居当初月四、五日程度であつたものが、昭和三五年以降は月一五日位となり、爾後その滞在期間は漸次長期化し昭和四一年当時は第一家屋に月五日ないし七日程度帰来するに過ぎない状況にあつたこと、昭和四一年中ごろ以降は高令に加え、心臓病、高血圧等の病状の悪化により、安静を必要とする健康状態にあつたため、名古屋市中京区西脇町一丁目三〇番地所在御獄神社内に起居し、同神社の御守役を兼ね療養生活を送り、本件家屋には殆んど帰来せず住民登録上の住居も同所に移していること、長女愛は昭和三六年以降柏原市所在の国分病院精神科に入院し、爾来同所で療養生活を送り、第一家屋には外出許可を得たとき帰来するに過ぎないこと、被告西村は前記神社の建物内に名古屋滞在中における宿泊の場所としてその利用を許されて居住しているに止まり、依然として本件家屋を生活の本拠とする意思を有し、長女愛も退院後は右家屋において生活することが予定されていることが認められ、以上の認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の被告両名の家族状況、その生活状態、家屋の利用状況の推移、被告浜田の居住期間等に徴すると未だ被告西村において第一家屋の直接占有を放棄し、被告浜田に移転したものとは認め難いけれども、被告浜田は右家屋を自己の生活の本拠として自己のためにも使用収益することにより、被告西村と対等の立場において、ないしは主導的立場において右家屋を使用し被告西村と共同して占有するものと見るべきであり、専ら被告西村のためにその占有補助機関として、ないしは被告西村の占有に従属する関係において第一家屋に居住するものと解することはできないから第一家屋につき転貸があつたものと解するのを相当とする。

三、そこでつぎに右転貸につき背信行為と認めるに足りない特段の事情の存否について検討する。前記認定のとおり、被告浜田は被告西村の親族にあたり、被告西村はその生活の必要に基づきその留守中の家財の管理と精神病の長女愛の監護を委託するため、被告浜田を第一家屋に同居させるに至つたものであり、従つて被告西村において被告浜田より賃料その他家屋使用の対価を取得している等の事情はなく、本件賃貸借解除の意思表示のあつた当時右家屋の使用状態はむしろその重点が被告浜田の家族による利用に移行しているものの如く見受けられるけれども被告浜田の居住の目的である家財の管理と、入院中の長女愛の監護の必要は依然存続することが認められ、以上の事実に被告西村まるえ、同浜田孝一各本人尋問の結果によつて認め得る原告も被告西村の家庭事情を熟知し、遅くとも昭和三四年中には、被告浜田の家族が第一家屋に入居し、被告西村と同居している事実を了知しながら、止むを得ないものとして、可成りの長期にわたりこれを認容していたことを併わせ考えると、被告西村の本件転貸については背信行為と認めるに足りない特段の事情が存したものということができる。以上の認定に反する。本人尋問の結果<証拠略>は採用しない。(名越昭彦)

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